「傷は本革の証」
生き物の「命」と向き合う日本のタンナー

「革が好きだ。」「革製品をやってみたい。」
この想いは、SANGOUをスタートした当初からもちろんあった。それゆえSANGOUで最初に作った「冠衣」は、以前にもタブロイド内で書いているが、「革ジャンの中に着られるTシャツ」というコンセプトであった。が、あくまでも「革ジャンに合う」というだけで、革製品をやるということではなかった。革をやりたい気持ちはあるがしかし、多くのレザーメーカーが素晴らしい製品を作る中、おこがましくも革の勉強もしていない無知の自分がそれを口にすることはできないと考えていた。
SANGOUをスタートして、日本の織物や着物の技術を学んでいく中で、職人さんたちの手を見るたびに、と?こかに嫉妬めいた気持ちが込み上げてくるようになった。それは「自分自身で、自分の手では何も作っていない」という現状を目の当たりにして感じる敗北感のようなものだったと思う。それならば、自分には何ができるのか。自分の手で何かを作るという事を考えた時に、真っ先に浮かんだのはやはり革であった。
そこでSANGOUで革製品を出すならば、コンセプトをしっかりしなければいけないと考えた。SANGOUは「ラフに着られる着物」を謳ったブランドで、日本のモノづくりがテーマである。SANGOUで革をやるからにはメイドインジャパンの日本の革が必要だった。そこで日本の革、日本のタンナーについて調へ?始めた時、妙に惹きつけられるタンナーに出会った。「和牛」の革を作っているというタンナーだった。

そのタンナーは埼玉県は越谷市にあるジュテルレザーという会社だった。創業は1939年に、同じく埼玉県の草加市で始まった会社だ。当時は沼田産業という会社名で運営していたが、三代目である現会長の沼田さんが2013年に社名を改名し、現在はジュテルレザーとして運営している。「ジュテル」というのは、沼田会長の祖父である初代と、父である2代目の名前から一時 づつ「寿」「照」をとってつけたという。
はじめて会った時から沼田会長は熱い人だった。革に対する想い、モノづくりへの情熱が、その大きな体躯には収まり切らず溢れ出てしまっているようなパワーを感じる人柄だった。なまじ中途半端な想いしか持たない人間が、営業か何かでジュテルレザーを訪れたなら、まず一発KOされてしまうだろう圧力と豪快 さをもつ人物だ。
曲がった事は大嫌いと言わんばかりのイカツイ外見もさることながら、やはり職人としての誇りや技術者としての在り方、製品(革)の品質に対するこだわりが、話せば話すほと?伝わってくる。また、革に対して無知な自分に対し、丁寧に一から革のことを教えていただく様は、頼れる兄貴として、男として惚れてしまう、そんな懐の深さも大いに感じてしまった。そんなジュテルレザーの沼田会長にSANGOUの事、日本のモノづくりの事、そしてSANGOUで革製品をやりたい事を伝えた時に言われた一言が、思いがけない角度で菊田参号の心に刺さった。

「もうメイドインジャパンの時代じゃない、
これからはメイドインサンゴウでやっていかないと」

という言葉だった。
自分の手でやってみようとは思っていたものの、「いつかは」くらいで考えていたのを見透かされていたような一言に、脳天から稲妻を食らったような衝撃を受けた。目が覚めたというのはこの事だと思う。ジュテルレザーの「和牛革」を使わせていただくには、SANGOUとしても「メイドインサンゴウ」を実現しなくてはならない。そんな想いからSANGOUの和牛革製品は始まった。
現在、SANGOU京都本店の2階に革工房を設置。革を加工するためのミシンや作業台、クリッカー等の機械を導入の上、和牛の「皮」をジュテルレザーの技で丁寧に鞣して作られた「革」にて、手作業にて一つ一つ丁寧に「メイドインサンゴウ」の製品を作り上げている。使うほどに味が出る日本の和牛革の製品を、ぜひ一度その手で触れて見ていただきたい。まだまだ製品数は少ないが、これからの「メイドインサンゴウ」に乞うご期待!

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