120年の歴史を途絶えさせない
一度は封鎖された工場を引き継ぐ男

菊田参号は東北は宮城県仙台市出身だ。SANGOUを立ち上げ、伝統工芸と携わっていく中で、地元東北の伝統工芸にも携わりたいと考えていた。
調べていく中で福島県は会津若松の「会津もめん」なるものがあることがわかった。織元を一軒見つけたので、いつも通り電話やメール手紙を出したりしてみたのだが、一向に返信がこない。電話も繋がらないので、困り果ててしまう。しかし諦めてなるものか!東北の生地を使いたいのだ!という想いで、とにかく現地に行ってみることにした。
会津若松に入り、その住所まで行ってみたのだがあいにくの休み。これはもう諦めるしかないか、と途方に暮れて「こうなったら会津若松観光でもするか」と街を散策していたところ「もめん絲」という気になる名前のお店を発見!
入店すると店内には「会津もめん」が山ほど置いてあるではないか!これは、と思いあれこれと店主のお母さんに尋ねる。すると会津もめんの織元は二軒あるということだった。菊田参号が連絡していた方は、忙しくやっている為、なかなか連絡がつきづらいということだった。そしてもう一つに織元の情報を教えていただいた。それが今回SANGOUで使わせていただいている「株式会社はらっぱ」の会津もめんなのだ。人の出会いと繋がりでたどり着いた会津もめん。今回のことでやはり人の繋がりは非常に大事だなと改めて思い知らされた。
もめん絲のお母さんに繋いで頂き、後日に改めて会津に赴いた。株式会社はらっぱの原山氏と対面。SANGOUについてのコンセプトや想いをお話しさせていただく。原山氏は非常に熱い男であり、その熱が心地よい人物であった。

それが行動にも現れている。「株式会社はらっぱ」は前身である「株式会社原山織物工場」を引き継いだ名前なのだ。前社長の突然の死により一度は封鎖してしまった原山織物工場。それを途絶えさせていてはいけないと、引き継ぐ形で株式会社はらっぱは始まったそうだ。
その際に原山氏は長いこと勤めていた東京での勤め先を辞める決意をし、地元に戻り原山織物工場の「会津もめん」を復活させる為に尽力している、という熱い男なのだ。菊田参号はその想い心を打たれた。
元々、原山織物工場では糸染めから織りまで一貫生産ができていたそうなのだが、染色は前社長が一人で行なっていた為に、現在では染め工場は封鎖されたまま。織物工場は稼働できるようになったのだが「本当の復活とは染め工場を復活させること」と、原山氏は語る。まだまだ道のりは長いが、いつの日か染めから織りまで一貫生産された会津もめんでSANGOUの製品が作れる日が来ることを願ってやまない。
会津もめんは、冠衣の伊勢木綿同様に使うほどに柔らかく、育てがいのある生地だ。木綿平織の堅牢な織物で、古くから野良着などとして広く着用されていた。厚みがありふっくらとした質感で、家庭での洗濯にも耐えるほど丈夫である。生地によく空気を含むため、汗をよく吸い込み保温性に優れている。
かつては、「新品は野暮だ」といわれるような美意識もあった日本。ちょっとこなれて「それ、何年目?」と言いあって、生地に育てていくという楽しみを感じてみるのはいかがだろうか?

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